Insights·2026-06-19

AXはなぜ教育ではなく環境設計なのか

AXは構成員に道具の使い方を教育することではなく、AIで働く環境そのものを設計することです。毎週押し寄せる更新を個人が100%追いつこうとすれば、消耗するだけです。肝心なのは「以前はできなかったことを今はやっている」と言えるよう働き方を変えることであり、その出発点は、繰り返される面倒な業務を見つけて自動化する小さな実験です。

AXをうまくやる企業と、まねるだけの企業は何が違うのか

違いは目標の設定で分かれます。AI経験が乏しい組織ほど「うちも導入した」「構成員がよく使っている」といった表面的な言葉にとどまります。逆にうまくやる組織は「以前はできなかったことをAIで今はやっている」と言います。AXは道具を入れた事実ではなく、働く姿そのものが変わることであり、その変化を数字で証明できて初めて転換したと言えます。

最も印象的な事例は、派手な道具ではなくデータ整理でした。ある組織は、複数のシステムに散在し重複していた情報を、AIがうまく読み取れるよう中央化された文書体系へとまとめ直していました。彼らはこれを『AIリーダブルデータ』と呼び、大きな組織であってもすべての構成員がその作業に加わっていました。道具に依存するのではなく、AIが働く土台を先に敷いたのです。

なぜ性急な定量化はAXを台無しにするのか

AIには購読料とトークン費用がかかります。お金を使ったのだから成果が必ず出るべきだという圧力が生まれ、その圧力が活用を見せかけへと変えてしまいます。開発者にコード道具を大量に配り、1年分の予算を4か月で燃やす『トークンマキシング』は、Uberだけでなくマイクロソフトやメタでも同じように繰り返される場面です。

ただしこの失敗は、誤りというよりほぼ誰もが通る過程に近いものです。まず使ってみようと入れば、ずれた経験は付いてくるもので、そこからどこまでできてどこで詰まるかの感覚をつかみます。問題は失敗そのものではなく、成果を早く証明しようとして見せかけへ流れる焦りです。

教育ではなく環境を設計するという言葉の意味

鄭基洙さんが雇用労働部のフォーラムで発表した題目は「教育ではなく環境を設計する」でした。個人に独学を任せる代わりに、AIで仕事をうまくこなせる環境を組織が敷く方へ重心を移したのです。既存の仕事を手放して新しいものを習得するのはほぼ不可能に近いため、成長意欲のある人が余分な時間を使って生んだ成果には、追加の報酬設計が伴うべきです。

だから運営の主体が要です。AXを技術組織やHRの一方が抱え込んではならず、両者が合わさる必要があります。道具を上から一種類に強制するより、職種に応じて選択権を与える方がよいのです。開発者がコード道具に収れんしても、コンテンツや文書を扱う職種に同じ道具を強いれば、むしろ逆方向に進むことになります。

AX人材はどこから始めるべきか

二つを勧めます。まず有名な道具を自分で使い、何がどう動くのか感覚をつかむこと。次に、毎日・毎週・毎月繰り返される面倒な仕事を書き出し、そのうちAIで解けるものを見つけることです。更新を毎回100%理解しようとすると消耗します。10%だけ分かっても働き方は十分に変わります。結局、多く使った人がうまくなります。

もう一歩進むには、AIを道具ではなく同僚として見る視点が要ります。人がすべて設計し、要約や検索のような単位業務だけを任せると、生産性は大きくは上がりません。特定の業務は人の介入なしに自ら終わるよう任せつつ、成果物が意図のぼやけた『スロップ』かどうかを判断する目は人が握っておくべきです。AIに引きずられず、同僚のように仕事を委ねる設計、それがAX人材の核心的な力量です。