AI時代になぜ差は縮まらず広がるのか
囲碁棋士とAIの着手一致率を分析したある研究で、一致率が最も高い棋士は申真諝九段で37.6%、勝率は95.7%でした。逆に一致率が最も低い棋士は22.6%、勝率は27.3%にとどまりました。この関係は偶然ではありません。おおむね、AIと多く一致するほど勝率が高いという比例傾向が現れました。AIという模範解答が誰にも等しく開かれたにもかかわらず、AIに近い人ほど強くなったのです。
あるドキュメンタリーはこの現象をこう整理します。「AI時代に上方へ平準化するのではなく、むしろ差が広がっていく」。理由は明確です。上位ランカーは下位ランカーよりAIをより深く理解し、より上手に活用するからです。以前は実力差があってもゆっくり広がりましたが、いまはAIを通じて成果が次々と出るため、差は一気に広がります。同じツールを渡しても成果物は開き、その開く速度さえ速くなったのです。
興味深いことに、正反対の感情もあります。曹薫鉉国手はAIが登場して以降、「棋風というものがなくなった、あなたも私もAIが薦める通りに打つしかない」と言います。ツールが個性を消したように見えます。しかし実際に起きたのは逆でした。全員が同じ模範解答を手にした瞬間、その解答を誰がより上手く消化するかで、新たな差が開いたのです。
AIは模範解答にすぎず、解答だけでは学べない
ある研究者は、いまのAIを「正解を教えてくれる解答用紙」にたとえます。問題は、解答用紙だけでは勉強にならないという点です。入門からアマチュア5段ほどまでは、AIが正解だと言うその手が、なぜ正解なのか、その意味すら把握できません。答えを見ても理解できなければ、解答用紙はただの紙です。
だからAIを本当に使いこなすのは、プロ棋士か最高水準のプレイヤーです。ある研究によれば、棋力が高いほどAIによる上達を大きく期待できます。解答用紙は誰にも等しく開かれましたが、それを自分のものとして消化する力は、すでに実力を備えた人に偏ります。だから差は縮まるどころか、深まるのです。
AXの本質はツールではなく業務の流れである
AXをツール導入としてだけ理解すると、この差は説明できません。囲碁でも上位棋士と下位棋士が同じくKataGoやGolaxyのような最上位AIを使います。プログラムは同じなのに成績が分かれる理由は、AIの示した手を解釈し自分の盤に応用する力が人によって違うからです。
この違いはどこで現れるのでしょうか。最初の50手までは大半が暗記した定石なので、誰でもAIとの一致率は高くなります。勝負はその後、AIがなぜその手を打つのか流れを理解して初めて応用できる中盤で分かれます。暗記して打つことと流れを知ることの差は、まさにこの区間で開きます。
組織も変わりません。AXの核心的な問いは「どのツールを使うか」ではなく「この業務の流れをどう描き直すか」です。ある決裁がなぜ存在するのか、どこで仕事が詰まるのか、何を自動化すれば組織が実際に軽くなるのかを知る人だけが、AIを自分の盤に応用できます。
なぜ50代が一歩先にいる可能性があるのか
AI時代は、誰もが同じスタートラインに立てる数少ない出来事だと言われます。ツールの操作という観点では正しい話です。しかし業務の流れという観点に移すと、スタートラインは同じではありません。流れをすでに体で知っている人は、たいてい長く働いてきた人、つまり50代です。
決裁ラインがなぜそう組まれているのか、どの部署でボトルネックが生じるのか、例外処理がどこで繰り返されるのか——これらはプロンプトでは学べない感覚です。AXが結局この流れの再設計であるなら、流れを知る人がツールに出会ったとき、差の上側に立つことになります。スタートラインは同じに見えても、彼らは一歩先にいるのかもしれません。
ただし、ここには条件が付きます。50代だから自動的に有利なのではなく、自分が知る流れをAIという言語に移す意志が必要です。流れを知りながらツールを拒めば、その知識は組織の中に閉じ込められ、消えていきます。逆に流れとツールが出会う瞬間、20年の経験が一気に増幅されます。
AXで生き残る条件は何か
逆の場合も明確です。流れを知らないまま単純業務だけを速く片づけてきた人にとって、AIは自分の仕事を真っ先に代替するツールになります。単純な処理速度では、AIがすでに人間を上回っているからです。
極端な例もあります。あるプロ入段大会で、AIプログラムを使って不正を試みた志望者に懲役1年が言い渡されました。流れを理解しないままAIの結果だけを写せば、一瞬は先行して見えても、結局は露見して崩れます。ツールは流れを代替できません。
だからAXで生き残る条件は一つに集約されます。仕事を片づける力ではなく、業務の流れを素早く読み、描き直す力です。申真諝がAIを師として差の上側に立ったように、流れを学習する速度こそが、その人の場所を決めるのです。
