AIウォッシングとは何か
「ウォッシング(washing)」はもともと環境分野の「グリーンウォッシング」に由来する言葉だ。実際には環境に優しくないのに、環境に優しいふりをして装うことを指す。AIウォッシングも同じ構造を持つ。当初は「AI技術を持っていないのに持っているふりをして誇張する」という意味で使われていたが、最近では「人員削減の本当の理由を隠し、AIを言い訳にする」という意味でより多く使われるようになった。
この言葉が他人事ではないことを、オープンAIのサム・アルトマンCEO自身が認めている。彼は「AI washing is real(AIウォッシングは実在する)」と述べ、企業がAIを口実にリストラを偽装していると指摘した。ただし、技術が本当に仕事を代替する日もいずれ来るだろうとも付け加えている。
数字で見るAIリストラ論争
30年以上にわたり米国のリストラ統計を集計してきたコンサルティング会社チャレンジャー・グレイ・アンド・クリスマス(Challenger, Gray & Christmas)によると、今年上半期に経営陣が「AIが理由」と明言したリストラは10万件を超えた。これは昨年1年分のほぼ2倍にあたる規模であり、同社が2023年からAIを独立した項目として集計し始めて以来、AIが米国のリストラ理由の1位になったのも初めてのことだ。
ところが同じ時期、デューク大学と連邦準備制度の研究チームが米主要企業のCFO700人を対象に匿名調査を行ったところ、結果は正反対だった。回答者の90%が「過去1年間、AIが自社の雇用に与えた影響は実質的になかった」と答え、89%は「生産性にもまだ目立った影響はなかった」と答えた。リストラの理由としてAIが圧倒的な1位である一方で、そのリストラを決定した経営陣自身がAIの実質的な影響は大きくないと語っているのだ。
リストラを行った企業の業績を見ても辻褄が合わない。オラクルの直近四半期の売上は前年同期比で20%以上増加し、受注残高は300%増えた。マイクロソフトやメタも大規模なリストラを発表する一方で、過去最高水準の業績を記録している。本来、大規模なリストラは業績が悪いときに行う決断のはずだが、今回のリストラを主導しているビッグテックの業績はむしろ過去最高レベルなのだ。
なぜ企業はリストラにAIを結びつけるのか
一つ目の理由は資金だ。ビッグテックはAIチップやデータセンターの構築に天文学的な資金を必要としている。メタ一社だけでも、今年AIに投じると表明した投資額は昨年と一昨年の投資額を合わせたよりも多い。アマゾン、マイクロソフト、グーグル、メタの4社が今年AIインフラに投じると表明した投資額の合計は、昨年のほぼ2倍に達する。この資金を外部から調達するにせよ節約するにせよ確保しなければならない状況で、最も早く手を付けられるコストが人件費なのだ。
二つ目の理由は、コロナ禍時代の過剰採用だ。非対面のオンライン事業が急成長していた時期、多くの企業がエンジニアに高額の報酬を提示して大量採用を行った。当時膨らんだ組織の贅肉を落とすべきタイミングにちょうどAIブームが重なり、本来必要だったスリム化にAIというもっともらしい大義名分がついた。
三つ目の理由は投資家からの圧力だ。IT業界には2015年にシリコンバレーのベンチャー投資家が作った「40の法則(Rule of 40)」という基準がある。売上成長率と利益率を足した数値が40を超えて初めて優良企業とみなされるという考え方だ。売上が毎年40%の高成長を続けていれば利益がゼロでも許されるが、成長率が20%に鈍化すれば利益率を20%まで引き上げなければ40に届かない。AIへの巨額投資を継続的に調達しなければならない上場ビッグテックほど、投資家に「利益率の改善」を示す圧力が強く、経営陣が今すぐ手を付けられるカードは結局のところ人件費なのだ。
AIに置き換えてから、また人を呼び戻した企業たち——「AIブーメラン・リストラ」
無理にリストラを行った企業の一部は、すでにその代償を支払い始めている。スウェーデンのフィンテック企業クラーナ(Klarna)は2024年にオープンAIの技術を導入し、カスタマーサポート業務を任せて「うちのAIチャットボットはサポート担当者700人分の仕事をする」と大々的に発表した。しかし実際に任せてみると、怒った顧客をなだめることができず、手数料や返金規定といった重要な回答で自信満々に事実でないことを作り出すハルシネーション(幻覚)が繰り返された。顧客満足度が低下したことで、クラーナは1年後には人を再び採用し始めた。
自動車メーカーのフォードも似たような経験をした。品質検査エンジニアを継続的に減らし、その業務をAIに任せていたが、AIが欠陥を見逃すことが相次ぎ、リコールが急増する事態となった。ベテランエンジニアが持つ微妙な品質差を見抜く感覚はマニュアル化できず、そもそもその感覚をAIに学習させるためのデータ自体が存在しなかった。結局フォードは熟練エンジニア350人を呼び戻し、そこでようやくリコール費用が減少した。
こうした再雇用は無料ではない。採用コストと教育コストが再び発生し、一度手放した人材を呼び戻すには、辞める前より高い給与を提示しなければならないことも多い。コストを削減しようとして人を手放した結果、かえって多くの費用を支払うことになるわけだ。
「リストラ・ウォッシング」に法的な問題はないのか
米国は「随意雇用の原則(employment-at-will)」により、特別な理由がなくても雇用関係を終了できる国だ。人種や性別による差別、内部告発者への報復的解雇は厳しく禁じられているが、「AIが理由」というだけでリストラすること自体は労働法違反ではない。ただし、従業員100人以上の企業が大規模なリストラを行う際には、少なくとも 60日前の書面通知といった手続き上の義務がある。
労働法上は問題がなくても、別のリスクがあるという指摘がある。米証券取引委員会(SEC)は過去に、実際にはAIを使っていないのに「AIで運用している」と虚偽の宣伝を行い投資家を集めた資産運用会社を証券詐欺で処罰した実例がある。法律専門家は「リストラ・ウォッシング」も同様のリスクをはらんでいると見る。リストラの理由を虚偽に開示し、それが株価に影響を与えたのであれば、これもまた投資家を欺く証券詐欺に該当しうるというのだ。この理由で処罰された事例はまだないが、株価に大きな影響を与えた場合には法的リスクに発展しうるという警告が出ている。
では、AIが実際に人を代替した事例はないのか
ある。スタンフォード大学が毎年発行する400ページに及ぶ「AIインデックスレポート」は、学術研究に基づいた具体的な生産性の数値を示している。AIを導入した会計業務は生産性が55%向上し、マーケティングは50%、コンテンツ制作は最大200%まで向上した。カスタマーサポート業務も多少速くなった。一方で、熟練した開発者の生産性はむしろ低下したという結果も同じレポートに出ている。
同レポートのもう一つのグラフが、この記事の核心を示している。ソフトウェア開発者とコールセンターのようなカスタマーサービス職の両方で、2023年以前はすべての年齢層の雇用が共に伸びていた。ところが2023年から、22~25歳の新卒層の雇用曲線だけが急激に落ち込み始めた。26~30歳の低経験層も雇用が伸び悩んだ。一方、30代・40代・50代以上の熟練層の雇用は伸び続けている。
結局、人を代替しているのはAIではなく「AIをうまく使う人」だ
この二つのグラフを重ねて見ると、今起きていることの実態が見えてくる。AIが人の仕事をまるごと奪ったわけではない。会社に残った熟練者のうち、AIツールをうまく使いこなす少数が、会計・マーケティング・コンテンツ制作といった業務で、本来複数人でこなしていた仕事を一人でこなし始めた。そしてその分だけ新たに必要だったはずの新卒・低経験者のポジションが消えている。「AIが人を代替する」よりも「AIをうまく使う人がAIを使えない人を代替する」というほうが、今起きていることをより正確に言い表している。
この流れを放置すれば、問題は今の世代の就職難だけでは終わらない。新人が実務を学びながら上っていくキャリアのはしごの最初の一段が消えてしまえば、数年後にその上のポジションを埋めるはずだった中堅人材、そして未来の専門家集団そのものが空洞化してしまう。企業がAIをリストラの本当の理由として使っているにせよ、都合のよい言い訳として使っているにせよ、個人にとっての結論は同じだ。縮小していく組織の中で生き残る基準は、AIには代替できない判断力と、AIを実際に道具として使いこなす能力にかかっているということだ。